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採卵前のトリガーに関する論文①

論文紹介

HCG注射のトリガーより点鼻スプレー(GnRHアゴニスト;海外では皮下注射)のトリガーが良好胚をもたらし、出産に至った症例の治療法とレビューを紹介します。

Empty follicle syndrome: successful treatment in a recurrent case and review of the literature
R.Beck-Fruchter, A.Weiss,M. Lavee, Y. Geslevich, and E. Shale
Israel
Hum Reprod. 1357-1367, 2012
「空卵胞症候群:繰り返しARTを失敗したある症例で妊娠、出産した治療法と文献的レビュー」

はじめに

適切な卵巣刺激により卵巣がよく反応しているにも関わらず、採卵によって卵が1つも得られない状態は、Empty follicle syndrome (EFS) よばれる。大規模調査では、卵巣の反応不良例や、hCGの投与量や方法を間違えた例も多く含まれており、真のEFSの割合は0.045-3.4%とされる。真のEFSの診断として、採卵日の血中hCGレベルのカットオフ値は40mIU/mlとされている。EFSに対する治療策として確立した方法は現在のところ存在しないが、本論文では、トリガーをHCGではなくGnRHアゴニスト(日本では点鼻、海外では注射)に変更し、挙児を得た例を報告する。

症例

2003年初診、25ヶ月間の原発性不妊。12歳の初潮から最長50日の不規則な生理周期をもつ24歳の患者。FSH4.89,プロラクチン正常。夫の精子は15M/ml、運動率40%、第3度の精巣静脈瘤があり手術をした。9か月後からIUI治療をしたが妊娠はしなかった。2005~2011年に8回のARTを行った。7回採卵を行い、4回は採卵数0個であった。他の3回の採卵は1~4個の質の悪い卵が採取されたのみであった。いずれも採卵前のトリガーはhCGであった。8回目の採卵ではアンタゴニスト法でOPUの40時間前にGnRHアゴニスト(Triptorelin acetate,decapeptyl 0.1mg)とその6時間後にHCG(rhCG250μg)を追加投与してトリガーとし、18個採卵し16個が成熟していて、ICSIを行い、11個が分割し、2日目に2個移植して2600gの男の子が生まれた。

EFSの基本的な機序

EFSの原因は明らかでないが、卵子の成熟や卵丘細胞の拡大の過程の欠陥が疑われる。ある著者は、EFS現象は、未熟排卵や卵巣反応不良あるいはhCGに関係した間違いで説明し得ると議論した。ある著者は、hCGの吸収や浄化の多様性や、hCGに対する卵胞反応の閾値の多様性や、卵子と卵丘細胞複合体が成熟するのに必要なhCGにさらされる時間の長さの多様性や、hCG製剤の生物活性の本質的欠陥による生体内利用が低いためであると述べている。
他の病因は、卵子の老化によるものやアポトーシスの増加や卵胞閉鎖による卵胞形成不全、顆粒膜細胞機能欠損、卵子発達、成熟欠損や卵丘細胞複合体の卵胞壁への結合が強いこと、排卵誘発不全や遺伝子欠損によるものである。2つの論文で、EFSの患者の採卵時の卵胞液の高いE2とアンドロステジオン(テストステロン)と低いP4値が示された。同様に低いE2も示された。EFSの患者の顆粒膜細胞の遺伝子発現は、コントロールと比べて著しく変化していた。最も重要な影響は、代謝や細胞を作る過程やアポトーシスに含まれる遺伝子に明示されていた。複数の著者は、アポトーシスの遺伝子発現の増加と卵胞発育に重要な物質の転写物の減少が、EFSの原因であることを示唆している。アポトーシスにより後期卵胞発生の間に、卵子が失われることも可能な機序である。最近LHレセプターの突然変異も報告されている。

治療方法からのアプローチ

著者によって様々な方法が提案されている。ARTを繰り返し行うことを推奨している著者もいる(→卵の質の問題と考えられる)。片方の卵巣を採卵して、1個も卵が採れなくて、hCGが低い場合、違うバッチのHCGを再投与して、日を改めて、他方の卵巣を採卵する。あるいは同じ卵胞を再採卵する(→卵胞が十分成熟しておらずHCGが効いていなかったと考えられる)。U-HCGをリコンビナントのHCGに変える(→HCGの効きが悪いためと考えられる)。体外培養成熟を行い2人成功した症例もある。ここに示した症例のように、GnRHアゴニストを卵子の最終成熟に使う、またはトリガーからOPUまでの時間を長くする。

対策:GnRHアゴニストを最終の卵子成熟のトリガーとする

hCGは長い間LHサージの代わりに使われてきたが、GnRHアゴニストも排卵のトリガーとなる。GnRHアゴニストのトリガーの利点はFSHサージも同時に誘導することである。FSHサージの役割はすべてがわかっているわけではないが、FSHは黄体化中の顆粒膜細胞にLHレセプターを誘導したり、卵子の核の成熟を促したり、卵丘細胞の拡大を誘導すると報告されている。FSHはまた卵母細胞と卵丘細胞とのギャップ結合を開いておく役割を持っている。さらに卵胞液の中にプラスミノーゲンの産生を促し、プラスミンは卵胞壁を崩壊させるコラゲナーゼを生成する。卵丘細胞の拡大と分散は、排卵前に卵母細胞―卵丘細胞塊を卵胞壁から引き離す。HCGトリガーのときFSHを加えることは、採卵数を増やし、受精を改善する。GnRHレセプターは広い多様性を持って排卵前の顆粒膜細胞を含む人の組織で同定されている。哺乳動物の卵子は、誕生から思春期のゴナドトロピン(LH)のサージまで第一減数分裂の前期でとどまっている。この長い期間、卵母細胞内のcAMPやcGMPが減数分裂の再開を妨げている。LHに反応してcGMPレベルは下がり減数分裂は再開する。末梢のGnRHレセプターの活性化は細胞内のcAMPを減らす。GnRHは卵胞破裂や卵母細胞の成熟に含まれるいくつかの遺伝子の転写を引き起こす。FSHサージや卵巣のGnRHレセプターへのアゴニストの直接作用が我々の患者の8番目の周期に良い結果をもたらしたのかもしれない。

対策:トリガー投与から採卵までの間隔をより長くする

自然周期では卵胞破裂の34~36時間前にLHサージが開始する。同様にHCG投与後37時間までに卵胞破裂が起こる。減数分裂はLHサージの開始後18時間で再開する。卵胞破裂や卵母細胞の成熟は時間に依存しており、患者によって異なっている。卵胞壁から卵子を引き離す卵丘の拡大はある患者ではより長い時間を要するかもしれない。

要約と結論

今回の患者は明らかに反応不良ではなく、卵巣刺激でE2値も上昇し、多くの卵胞が育ち、正確にHCGの投与も行われ、採卵日の血中HCGはEFSに関連して述べられた基準値以上であった。今回、GnRHアゴニストをトリガーとし、トリガーからOPUまでの時間を40時間と長くし、両方を組み合わせた。どちらが良い結果をもたらせたかは区別できない。EFSは、卵胞に卵がないということではなくて、適切な刺激で採卵できることから、EFSという言葉は適切でないと思われる。EFSはトリガーが十分機能せず、顆粒膜細胞の機能が不十分であることが原因と考えられ、卵の成熟が促されることなく、卵丘細胞の拡張も引き起こされないことが採卵できなかった原因と考えられる。

院長の私見

同様の報告がLokら (2003, Human Reproduction) からもあり、OPU36時間前にGnRHアゴニスト単独投与で採卵し、良好胚ができていることから、症例によるかもしれないがトリガーとしてのGnRHアゴニスト投与からOPUまで40時間も間隔をあける必要はないだろう。むしろ排卵してしまう危険が大きい。
GnRHアゴニスト投与によりFSHサージが起こり、卵子の成熟や卵丘細胞の拡大を助けていることに注目すると、U-HCGやrec-HCGをトリガーとして卵子が採れず、GnRHアゴニストで卵が採れる例があるのはまさにFSHサージの役割の違いなのかもしれない。
採卵しても未熟卵が多い、空胞が多い症例では、HCGとGnRHアゴニストの両方を投与してもよいのかもしれない。