2005年、モントリオールでのASRM(アメリカ生殖医学会)国際学会で、HARTクリニックが世界に先駆けて開発した「ヒト胚盤胞のガラス化保存法とAS(artificial shrinkage)の有効性」について発表し、日本人で初めて表彰され、その後世界中に胚盤胞のガラス化保存法が広まりました。
ガラス化保存法開発の背景
開発の背景には、採卵周期に良好胚を移植しても、凍結保存胚を移植しても、妊娠に至らない患者さんが多くいることを経験したことがあります。そういった例への有効な治療のために、1996年頃からD.K.ガードナー等に指導を受け受精卵を胚盤胞まで培養し、胚の詳しい診断を行って移植を行いました。その胚盤胞培養の環境改善はいまだに継続して行っています。それと平行して、従来の成功率の低い凍結法に代わる新しい胚の保存法の開発を、ヒト胚盤胞のガラス化保存法の研究を大学の畜産学部と共同して行いました。未知の領域だったので、現在のようにほぼ完全な保存法になるとは考えてはいませんでしたが、少しずつでも進歩すればよいのだと考え、励みました。完成までにはいくつかの壁がありましたが、最後の壁は胞胚腔が大きく拡大すると融解後生存率や妊娠率が落ちてしまうことでした。それを解決したのがAS(artificial shrinkage)です。浸透圧だけで胞胚腔の水を胚盤胞外に排出するのには限界があるため、小さな針で胎盤になる細胞の間2ケ所を貫通させ、針を抜く方法を開発しました。この方法では、針を抜くだけでほぼ完全に胞胚腔は収縮し、ほぼ100%の融解後生存率になりました。
急速ガラス化保存の意義
旧来の緩慢凍結法では、凍結の過程で細胞の中の水が結晶を形成します。つまり、体積が大きくなることで細胞が壊れやすくなります。したがって、解凍後の受精卵(胚)の生存率が低くなり、死滅した細胞も出現します。死滅した細胞があるということは、生存している細胞もダメージを受けているといえます。当然、移植できないことも少なくなく、赤ちゃんになる率も低くなります。
一方、HARTクリニックで開発した胚盤胞ガラス化保存法は、採卵後5~6日目まで培養した良質な胚盤胞を、極小量の凍結保存液と混和して短時間で急速にガラス化します。瞬間的に細胞内の水をガラスの状態(ガラスは液体、結晶は固体です)にすることで、細胞内の水の体積が変わらず、細胞が壊れません。
この360度からの超急速ガラス化の重要性についてはD.Kガードナーも我々と同じ意見です。開発した人にしかこの違いは分かりません。こういうひとつひとつの積み重ねが難治性の患者さんを救うための大きな違いとなり得ます。