体外受精において、妊娠に必要な要素は2つです。
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良い卵子であること
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着床に問題がないこと
これら2つの要素がともに満たされないと妊娠し出産することができません。
妊娠という結果が得られなければ、どちらかが満たされていないのです。
1. 良い卵子であること
卵子は女性が母親のお腹にいた妊娠20週くらいまでに約700万個作られて(染色体を半分に分ける作業の途中で停止していて、何十年も待っています)、以後いっさい作られません。生まれる時には約100万個に減っています。排卵が始まる思春期には約30万個に減っており、閉経したとき1000個の単位の卵子が残っているのですが、異常卵のため発育しません。卵子は何もしなくても毎日30~40個なくなっており、体外受精の周期に刺激をして10個採卵しても閉経が早まることはありません。
精子はいつでも精巣の中で作られているので年齢の影響は少ないです。しかし、卵子は作られて何十年も経過したものが育ってくるので異常卵が多くなります。すなわち、卵子の質に最も関係するのは女性の年齢です。もちろん個人差もあり、若くても卵の質が悪い方や高齢でも良好な卵が得られる方がいますが、一般的に35歳を過ぎると卵の質は低下すると言われています。あまり年をとってから母親にならないようになっているのです。その原因は、卵子の老化であり、卵子の中にあるさまざまな装置(エネルギーを作り出すミトコンドリアや染色体を半分に分けたり、受精卵の細胞を増やしたりするもの)が老化するためで、染色体が均等に分かれないと異数性の染色体を持つ受精卵となり赤ちゃんになりません。また、受精卵の発達が遅かったり、グレードが低かったり、胚の発育があらゆる段階で停止したりします。したがって、女性の年齢が上がると妊娠率が下がり流産率が上がります。
卵子の質をより詳しく診断し、より良い胚を選別するためには、受精卵の発達状態をより長くみることが有効です。その段階が胚盤胞なのです。受精卵の遺伝情報が足りなかったり、卵子の持っていたさまざまな装置が正常に働いてなかったりすると胚盤胞にはなりません。分割卵の段階で何回移植しても妊娠しなければ、胚が胚盤胞に到達していない可能性があります。良い卵が良好な胚盤胞になり赤ちゃんになります。
さらに諸外国では、胚盤胞の一部の細胞を取り出してスクリーニングを行うPGS(着床前胚スクリーニング)という技術が広く行われており、流産する可能性の少ない胚を移植するということが可能となっています。
妊娠するためには質の良い卵を出さなければなりません。採卵で得られる卵の質は周期によっても異なり、卵巣刺激法(GnRHアゴニスト法、アンタゴニスト法や誘発剤の種類など)や、前周期の処置の仕方でも異なり、受精卵の質は培養環境や凍結保存法によっても違いが出てきます。卵の質が悪くて難しい症例では、その患者様の臨床データとラボデータからなにが治療の失敗の原因か考察し、たとえば誘発剤はあっているか、採卵への引き金はあっているか、卵子の活性化は十分に起こっているかなどを検討し、赤ちゃんになる可能性の高い胚盤胞が得られるように努力しなければなりません。そういう工夫や努力をしないと同じ失敗の繰り返しになります。
2. 着床に問題がないこと
着床についてはさまざまな研究がされていますが、完全には解明されていません。しかし臨床データや経験から個々の患者さんにどういうことが起こっていて妊娠し難いのか推測し、妊娠という結果に導く治療をすることは可能です。
採卵周期の新鮮胚移植では子宮内膜の状態が着床に適さない方が、約半数いると考えられます。一般的に体外受精治療では、採卵周期に最も良好な胚を移植し妊娠を目指します。しかしその成功率は当院のデータや諸外国からの報告から、せいぜい50%程度です。その原因は胚の質以外に着床の問題がおきる方がいるために、それ以上には妊娠率が上がらないのです。
着床は子宮内膜と胚盤胞になった受精卵とが対話して行なわれますが、採卵周期では黄体ホルモンが採卵より早く上がり、子宮内膜と受精卵(胚)の着床時期にずれがおこります(子宮内膜の方が約1.8日先行していると考えられている)。そのため対話がうまく行なわれず、着床できないと考えられます。発育の遅い受精卵は着床がより遅れるため、子宮内膜とのずれがより大きくなりさらに着床しにくくなります。
これを解決するのが、凍結胚盤胞移植です。採卵周期とは異なる周期に子宮内膜を作成し、子宮内膜と受精卵の日付にずれがない周期をつくります。当院では主にホルモン補充周期に融解胚移植を行っていますが、ホルモン補充周期で着床しない場合、排卵周期での移植が有効である場合があります。
しかし、上記を行っても着床しない患者さんが一部にいます。それは、もともとの子宮内膜の日付の進みにずれがある場合です。当院のデータでは、子宮内膜の日付に2日以上のずれがある場合、自然妊娠もしませんし、凍結融解胚移植を行っても妊娠しません。子宮内膜の日付を調べて移植日を修正し移植すると成功します。
子宮内膜には、着床期ウィンドウと呼ばれる、胚盤胞が子宮内膜に着床し易い時期があると考えられています。着床期ウィンドウがどの時期に発現するかはほとんどの人で一定していると考えられてきましたが、最近の分子生物学的研究によると反復着床障害患者の4人に1人は着床期のウィンドウがずれていると報告されています。そのような症例には、子宮内膜の状態を個別に調べ対応する必要があると考えられます。その方法の一つが子宮内膜日付診という簡単な検査です。
具体的には卵胞ホルモンを内服し、内膜を厚くし、黄体ホルモンを投与後5日目に子宮内膜の一部を採取し、病理学的に何日目か調べます。内膜採取はチクリと感じるだけで一瞬に簡単に終わることがほとんどです。当院のデータでは、特に30代の反復着床障害の患者さんに有効です。
最近では、子宮内膜の日付をERAという分子学的な診断法で個別に調べる方法も行われるようになっています。日本でもERAを行うことは可能ですが、費用が高いため、当院では子宮内膜日付診ではっきりとした診断がつかなかった場合にのみ行っています。
>>ERAについての論文紹介はこちら
このように、卵の問題なのか、着床の問題なのか、両方なのかを明らかにし、それを克服できる方法をとらなければ、お金と時間の無駄遣いであり、難しい症例を成功に導くことは出来ません。