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不妊治療とエピジェネティクス

基礎医学

エピジェネティクスとは

ヒトは一つの受精卵から発生し、器官ごとに異なった細胞に分化し、異なる機能を発揮しています。これは、DNAは同じでも働く遺伝子と休む遺伝子(遺伝子のON/OFFをする)があるためにおこり、これを調節しているのがエピゲノム(遺伝子外)修飾です。DNAの配列変化によらない、遺伝子発現を制御・伝達するシステムおよびそれを研究する学問をエピジェネティクスといいます。

DNAのシトシンがメチル化(目印ともいう)されることにより(シトシンの水素がメチル基に置換されること)、DNAは転写できなくなり働かなくなります。逆にヒストン修飾といってDNAを束ねている蛋白であるヒストンがアセチル化されると、転写しやすい状態となります。主にこれら2つで遺伝子発現の制御が行われています。

ゲノム刷り込み(ゲノムインプリンティング)とは

一般に遺伝子は父親と母親から一つずつ2本受け継いでいます。2本の遺伝子が他方の欠陥を補いつつ2本働けばよいのですが、哺乳類(有胎盤類)では片方の親からもらった遺伝子しか働いていない遺伝子があることがわかっています。利用できる遺伝子が片方しかないため、その遺伝子に欠陥があると流産または遺伝子疾患になってしまいます。遺伝子が両親のどちらの親からもらったのかを覚えていることをゲノム刷り込み(記憶が刷り込まれている)といいます。刷り込みが起こる理由は単為発生を防ぐためという説もありますが不明です。

普通の遺伝子は原則としてどちら由来でも同じように働きON/OFFで制御されて分化し器官を形成し臓器に合わせて機能しています。インプリンティング遺伝子(100~200対あり、胎児の成長や個体の行動に関係することがわかっています)は、父親由来の染色体でしか働かない遺伝子(PEG; Paternally expressed genes)、あるいは母親由来の染色体でしか働かない遺伝子(MEG;Maternally expressed genes)と生涯を通じて由来が記憶されていてどちらか一方しか働かないように制御されています。

体細胞と違って生殖細胞は、胎児の時期に生殖細胞(配偶子;男性なら精子、女性なら卵子)ができるときに一度刷り込みを消去して刷り込みをやり直します(脱メチル化)。生殖細胞の再刷り込みの特徴は、世代ごとに刷り込みのやり直しをすることと、仮に男性であれば、精子をつくるときに母親由来父親由来のどちらの染色体が入ってもPEGが働きます。母親由来の染色体が入った場合、その精子で生まれた子供にとっては、お父さんでは働いていなかったおばあさん由来のPEGが刷り込みなおされ働くことになります。父親由来の染色体が精子に入った場合、子供にとってはお父さんで働いていたのと同じおじいさん由来のPEGが刷り込みなおされ働くことになります。仮に女性であれば、卵子に入った染色体は、どちら由来であってもMEGだけが働くように刷り込みなおされます。あとは精子の場合と同じです。母親では働かなかったおじいちゃん由来の遺伝子も働くようになります。このように次の世代にどちらかの染色体にあるPEGもMEGもいつかは働く可能性を持ちながら伝わっていきます。なぜこんな面倒なことが起こるのか理由は分かっていませんが、刷り込み直しをすることで、哺乳類の偶然性、多様性を保っているのだと思います。

imprinting

片親性ダイソミーとは

本来であれば父母から1本ずつもらう染色体が、片方の親から2本もらった状態になることで、配偶子(卵子や精子)形成期の減数分裂時の不分離が原因と考えられています。染色体の数は正常ですが、その染色体上にインプリンティング遺伝子が存在する場合、遺伝子の発現が倍になるか発現しないために、疾患を発病する場合があります。

・インプリンティング異常と関連がある疾患
Russell-Silver症候群;7番染色体の片親性ダイソミーが関わっています。
Bcckwith-wiedemann;11番染色体の片親性ダイソミーが関わっています。
Prader-Willi症候群;15番染色体の父性遺伝子の機能障害が関わっています。
Angelman症候群;15番染色体の母性遺伝子の機能障害が関わっています。

不妊治療によってエピゲノムの異常が増えるというのではないかと心配があり、多くの調査が行われています。インプリンティング異常による疾患がわずかに増加するという報告もありますが、現在のところ明らかに関連性が認められるという結論には至っていません。